深くて届かない海の中。
光の灯ったクラゲが、一つ、ひとつと消えていく。
「お客さーん、閉店ですよぉー」
窓際に一列に埋め込まれたライトと、それに反射した水明かりだけが、薄く室内を照らしている。部屋の右側、カウンター席となっている入り口付近で、一人の少年が壁にもたれかかるようにして寝ている。
「困りましたね、こんなところでうずくまられて」
「っていうかサバちゃんは客なの?」
「注文いただいているからにはお客様ですよ。正直そろそろリストに加えたい方ですが」
「魔法でもねーのに毎度こんなスコンと寝ておもしれ〜」
「フロイド、駄目ですよ。デュースさんだって頑張っているんですし」
そう兄弟を嗜める声もどこか笑みを含んでいる。所詮、閉店前のただの戯れだ。獲物を取り囲んで三人が三人、持て余した時間を磨り潰すように好き勝手ぺちゃくちゃと話している。ついでに使える材料がないか目を光らせつつ。
机に広げられていたノート達を箒で掃くように腕で詰め込んで表に回る。
「すみません、上がります」
「あはっ、小エビちゃん大変だねぇ」
「足が引きずられていますよ。手を貸しましょうか?」
「大丈夫です」
デュースを右に担ぎ、左手で手摺を掴みながら階段を降りる。ほんの二、三段だがこちらも照明が落ちているので踏み外さないようにしなければならない。
「さん」
店の主人が呼び止める。三人の中では比較的背の低い男。柔らかそうなウェーブを描いた前髪と、慇懃でインテリジェンスな印象の銀縁眼鏡。
「困ったことがあったらいつでも言ってくださいね」
海のように底の知れない顔で笑っている。
いつ足を掬えないかと冷たい眼光を目蓋に隠して。
「ありがとうございます」
「ん……」
意識の浮上したデュースがゆっくりと辺りを見回す。まだ半分夢の中にいるのか、首の動きがやたらとふわふわとしている。
「デュース」
「うおっ」
驚いて身を引いたタイミングで掴んでいた腕を離す。ポケットから携帯を取り出して、ライトで周囲を照らしてやる。薄い膜越しに石でできた巨大なタコの足や、大きな海藻が見える。背中の向こうには巻貝を模した寮が佇んでいる。そこから出口へと続く海獣の骨までの一本道は月光で白く浮かびあがっていて、この暗さの中でもそこだけは道に迷うこともないのだが、通っている内にラウンジから出口まで斜めに泳ぐという横着が出た。オクタヴィネルは海の中にあるが、鰓呼吸のできない人間は自然と大きなシャボン玉のようなものに包まれるので、濡れることも息で苦しむこともない。
状況を理解したデュースが顔を覆ってしゃがみ込む。
「またやってしまった……」
落ち込んでいる彼の肩を軽く叩いて荷物を渡す。離れたことにより大きな泡が二つになる。
「なぁ、」
「うん?」
「エースと、何かあったのか?」
なんで、
急に
そんなことを聞くんだろう。
「上手く言えないけど、なんか……変だ」
「そう?」
ここが夜の海で本当によかった。今どんな顔をしていようと誰にも見えない。引き攣ってしまう目も口も、息苦しいまでの喉の渇きも、体の奥から痺れのように伝わる震えも。なかったなかった何もなかった。あの日私は私達は普通にレポートを作って過ごしただけだ。急激に頭の中でぶり返ってくる手触りを声を痛みを視界を音を衝撃を感覚も感触も五感も何もかも全部何度も何度も何度も塗り潰して。黒いペンキで繰り返し。何度も。何度も。重ねて。分厚く。壁になって。蓋をして。思い出さないように。
「なんにもないよ」
「本当か?」
「うん、大丈夫」
「……やっぱり何かあったんじゃないか」
「大丈夫だって」
「何があったんだ」
「しつこいな、大丈夫だって言ってるじゃん」
「駄目だ、やっぱりお前なんか変だ」
「別に問題なくできてるよ」
「問題ある」
「どこに」
「僕が迷惑だ」
「うわっまぶし」
「あ、悪い」
「急に振り向くなよ」文句を言いながらもデュースは携帯を下げてくれる。気遣わしげで頑固で、それが美点でもあるけれど、変な知恵まで身につけてしまったようでやりづらい。悪意に鈍くて、気付いたとしても力でどうにかできてしまって、だからこそ使い方なんてろくに知らない、素直で愚鈍なところが好ましかったのに。
「何があったんだ?」
「…………」
「……わかった。じゃあ、せめて、元に戻れないのか……?」
「もとに……」
そんなこと考えたこともなかった。
戻れるのか。戻っていいのか。日中のように、学校のように、普通に話して、普通に接して。するりと触れる指の感触、耳を震わす振動、駄目だ、目を見るのが恐い。顔をまともに合わせられない。二人きりになるのが恐い。
「どう、やったら……、いいだろう……」
元に戻るなんて、とてもじゃないができる気がしない。
「うーん、」
「あ、ごめん。聞いてばっかで」
「あ、いや……、とりあえず外に出よう」
顔をあげると前にいたデュースが平たい岩場を示す。私の方が前にいたのに、いつの間にか彼の方が先に進んでいる。
寮と海獣の骨のあいなか、大きな岩の階段。そのちょうど中間、上からも下からも四段目に当たる場所で魔法をかけると、空中に月とは違う輝度の強い光が現れる。
「拳だと多分負けるよな……」
おそらく聞かせるつもりでなかった言葉が、いつものデュースで安心した。
一瞬の眩しさに包まれた後、触れてはないのに肌に感じていた重みと抵抗感がなくなり、扉ほどの大きさのある鏡の前に立っている。
「考えたんだが」
「うん」
「勉強会はどうだろう」
「デュース……」
しどろもどろに「いや、ほら、一緒にレポートしたり、寮に泊まったりしたら、仲直り……、できるんじゃないか……?」と提案しているデュースを見ていると固くなっていた肩から力が抜けていく。
「じゃあ……、してみよっか。勉強会」
「いいのか?」
「うん。乗らなかったら乗らなかったで、二人ですればいいし」
それにあれ以降、こちらが不要な接触を避けているのも事実だが、エースから必要以上の接触や脅迫を仕掛けてくる様子もない。デュースの態度から見るに、おかしいのは私だけで、向こうはごく普通に振る舞えているのだろう。
普通に。
自然に。
平坦に。
笑えて、何も怒らなくてよくて、何にも怯えなくてよくて。
ただの友達同士でいられるなら。
それが一番望ましい。
「今回だけじゃ無理かもしれないけど、私も元に戻れるなら戻りたい」
「そっか」
「うん」
「じゃあ、また明日」
「うん、おやすみ」
だから、デュースの気遣いには感謝した。
「……全然駄目だ」
月明かりが気になって眠れない。
枕にしていたクッションを顔に持ってきて息を吐く。
「────……」
…………全然駄目だった。
視界は真っ暗になったが結局頭上の存在が気になってしまう。ずっと頭のてっぺんを引っ張られているような緊張感。カーテン越しでも差し込んでくる月光の下、ソファに横たわった大きな影は規則正しく静かに上下に動いている。机の上のグリムも暖炉の傍のデュースもそれは同じで、立てている吐息は穏やかだ。
なるべく音を立てないよう上体を起こし、爪先から吸いつけるように足をつく。床で寝ている一人には悪いが、そろそろ横の階段を登っていった。
二階へ上がってようやく一息つける。手に当たる縦枠とポツポツと見えるランプを頼りに、壁伝いに廊下を歩く。オンボロ寮のことは気に入っているが、一人の城と満喫するには広過ぎて、夜に歩くのはいつまで経っても慣れない。せめてゴースト達がいてくれたら気も紛れるのに、最近とんと姿を見ない。どうしたんだろう。とうとう成仏してしまったのだろうか。
「……あった」
三つ目の灯りのあと、馴染みのあるドアノブの手触りがして心底安堵した。
これでひとまず安心だ。大丈夫だ。あとは中に入って棚なりなんなりで扉を塞げばいい。前は簡単に解かれてしまったから、もっと頑丈に。もしかしたら音で起きてきてしまうかもしれないけど、籠城さえできてしまえばこっちのものだ。
──────そこまで考えて、
もう一度、そう思った頃には中から伸びた手に引き摺り込まれていた。
「っ、」
壁になってしまったドアに押しつけられたと同時に鼻の下に湿り気を感じる。固まっている間に今度は顎の辺りを柔く噛まれた。漏れた吐息が笑っている。やろう、遊んでやがる。
耳の縁を撫でられて、後頭部に手が回る。肩を押して距離を取ろうとしたらすぐに横に縫い付けられた。
「やっ、」
後ろの言葉を言う前に奥に舌を入れられて上の歯列をなぞられてゾワゾワする。無遠慮に動く舌はそのまま下に回って、裏の付け根もなぶっていく。
「んぶ、んぅ、んっ」
弱いところにひたすら与えられる刺激と息もろくに吸えない状況に、少しずつ、すこしずつ、思考に靄がけぶってくる。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ、
手首を押さえていた手が頭と背中に回ったのをいいことにドアノブまで腕を伸ばす。手の縁に冷たい金属の丸みが当たるがそれを回す前に舌を噛まれた。同時にガチャリと音がして、慌てて指を下に伸ばすと、待っていた手に絡め取られる。
舌を吸われて大きな音が響いて恥ずかしい。早く開けなきゃと思うのに、鍵に触れては離れ、回したと思えばすぐに次の施錠音がする。細い指先は子猫がじゃれつくように小さく何度も引っ掻いてくる。
やがて遊びに飽きた手が、手首をもう一度捕まえ直して、扉へ押さえつけた。
「は、」
最後に下唇を食んだあと、ようやく口が離れる。
「ほんっっっとデュースには甘いよなー。そんな可愛い? なぁ、」
それとも、揶揄の声が息を吹き込むように耳をくすぐる。
「期待してた?」
「……え?」
睦言のように言われた言葉に対してでなく、突如軽くなった背中に対して声が出た。エースを見ても似たような間抜けな声を出して崩れていて、体が傾き、頭に衝撃、「ッデェ!!」と野太い声、まとめてドタドタと倒れていった。
「だ、いじょ……ぶ?」
全身打撲の痛みはいくらかあるが、想定していたほどは強くない。顔を上げるとクッション代わりに潰してしまったデュースが鼻を押さえて呻いている。
「っこんな夜中に何してるんだ?」
「え〜? 何だと思 っでぇ!! おまえ今のはマジで死ぬからな!?」
「死ね、いっそ死ね馬鹿野郎!!」
「え? え?」
下顎に掌底を入れたが舌を噛まなかった。続けて二度三度繰り出すが逃げられる。
「お前ら、付き合って……る、のか?」
「そーそー、そういう」
「っ違う絶対にちが、」
否定の言葉はエースの手によって塞がれる。四度目を出そうとした右手もデュースに気を取られてる間に絡め取られてしまった。
「あんまり騒ぐとグリムまで起きだすぞ〜、カントクセ〜さん」
暗い部屋の中でも月明かりのせいで、にやにやと曲がる目と口端がよく見える。掴まれていない左手と胴体でなんとか抜けられないか試みるが、腹に跨られていてびくともしない。
「で、デュース、どうする?」
持ち上げた右手の甲に口付けながらエースが言う。
「見ての通り別に恋仲じゃなくて強姦なんだけど、お前も混ざる?」
もう片方の手が胸を上からなぞって。
嫌だ。
「先輩とか他の奴らなら、ぜってぇ、させねぇけど。お前なら一緒でもいいよ」
いやだ。
記憶が内側からドアを叩いている。
「優等生らしく監督生を助ける? それともこの服引き裂いてめちゃくちゃに犯す?」
壁に罅が入って、撫で回している腕は引っ張っても退かなくて。
いやだ嫌だいやだ。
「ボロボロに泣かして、グズグズに溶かして、許してって乞われても、もうやだって懇願されても離してやらないくらいドロドロにして、俺らと一緒に遊ぶ?」
親指が胸の先をかすって身が竦む。やだやだやだ、デュースの前で感じたくない。せっかく知らなかったのに普通だったのに友達だったのに。
殻が割れて、閉じていたものが隙間から小さく吹き出してきて。やだやだやだやだ見たくない知りたくない聞きたくない。これなら二人きりの方がまだマシだった。
「今日も可愛かったなー、前のこと思い出してた? 目めっちゃ逸らすし顔伏せてたけど耳赤かったし。自分で追い込んで自滅してるの相当間抜け。なんでわざわざ呼んだの」
思い出したくない思い出したくない忘れてお願いやめて止まって嫌なの。穴から溢れてきた記憶がとまらなくて濁流のように飲まれていく。息が苦しい。嫌だいやだいやだ思い出したくない。蓋をしたのに。普通になりにきたのに、なりたかったのに。
エースが目尻をなぞって目を合わせられて、笑っているのに蛇に睨まれたみたいに固まって逸らせない。
「ほーんと、バカだな」
柔らかなまなじりで、恍惚として、甘ったるくて。
逃げなきゃ、逃げなきゃ。もう押し倒されてるけど、お腹の上に乗られているけど、どうにかしてのけてしまわなきゃ。
こわいよだれか誰かだれかたすけて、痛いのはいや、気持ちいいのはいや、恥ずかしいのもいや、だれか、誰か。
誰か?
だれに?
どうやって?
後ろにも人がいることを改めて意識してしまって硬くなる。
恐い。
振り向くのが恐い。
助けを求めていいのか? 助けてくれるのか? 本当に頼っていいのか? でも言わないと、友達だから、いわない、と、
「でゅ、……た、す……」
自信がなくて、人を信じられなくて、これから起こることが恐くて掠れた声しか出せない。
「…………お前は、前もしたのか?」
「そ、お前がグリムくん引き取ってくれてる間にな。すげー可愛かったよ」
遊ぶ程度だった手付きが本気でまさぐる動きに変わる。暴れると「もう無理だろ」といつもとあまりにも変わらない調子で笑い飛ばされた。
「分かった、混ざる」
ずっと座りっぱなしだったデュースが起き上がる。
脇の下に腕を通されて、持ち上げられて、中へ入って、扉が閉まって。
「ぁ……」
部屋の鍵が今度こそ、しっかりとかけられた。
「もうちょい体起こして」
「ん」
エースの言うことを素直に聞いているデュースに、途端、今起こっている現実がそら恐ろしくなって後ろを見上げた。
「デュ、デュース……」
「お前が嫌がってたのはこれだったのか」
目が合ったデュースは同情的な目を向けながらも、拘束が緩むことはない。
それどころか腕の力が強くなる。
「ごめんな、僕が軽率だった」
「そ……」
そんなのいいから今助けてくれないか、頭の中で警鐘のように何度も鳴らしているのに、実際の喉ははくはくと息を吸うだけで、どうしても声に出せない。脇から入れている両腕を外して欲しい。それだけでいいから。お願いだから。
「ぁっ」
上ばかり見ていたせいで胸の先に触れてきた手に注意が遅れた。
「気持ちいいのか?」
「ははは、デュースくん鬼畜〜」
エースはいつものように揶揄を入れ、こちらを見て色を孕んだ目でまた笑う。
「気持ちいいのはこれからだよな。デュースにも見せてやろうな、の可愛い乳首」
腹に忍び込んだ手がシャツの裾にかかったところで咄嗟に足が出た。左肩を一度は勢いよく突き飛ばしたが、二度目を繰り出す前に足首をふくらはぎごと掴まれ、反対の足で外させようとしたところで膝裏に差し込んだデュースの腕が邪魔をする。
「ってえ……、分かっててもマジで痛い……」
「お前、コイツ相手によく一人でやったな……」
「だろ? 今回チョ〜楽」
「諦めろ、僕の方が力が上だ」
再び入り込んだ手が体の線に沿って、辿るように裾を引き上げていく。引き上げられるにつれ、異性といくらも変わらない平たい肉がまろび出る。
「見える?」
「いや、服に隠れて……」
「じゃあ脱いじゃおうか」
首をくぐらせて襟刳だけ脱がされる。服が後ろにまとまって不恰好だ。「脱ぐか?」と優しげに出される提案も同意の一端となるようで頷けない。
「んっ」
親指の腹でゆっくりと先端を押し潰される。
「ほら、これがの乳首。こんな小さいのに触るとちゃんと拾って反応すんの」
いじらしいよな、そう言ったあとも指が往復して、段々と固く立ち上がっていく。肘打ちを出そうにも服が邪魔で上手く動かせない。やはり自尊心を捨ててでも脱いだ方がよかっただろうか。
しかしそのまま羞恥に晒され続けると思った胸は存外あっさりと手が離れ、拍子抜けしている間にズボンと下着が抜けていった。
「な、なにして……」
「前にできなかったこと」
「……ぇ」
イタズラっぽく舌を出したエースが顔をかがめて陰部を舐める。
「っバカ!! 汚い、へんた」
「別に男も同じようなもんだけどなー。あ、今度オレのも舐める?」
「死ね!! 死ね!! っ、〜〜〜〜!!」
足で暴れようとしたら陰核を狙って舌が触れる。動けなくなったところで芯を虐めていた舌が下り、全体を覆うやり方に変わる。
自分のものとは違う、強制的に濡らされていく混乱と奇妙な感触に、内部からもつられて分泌されて漏れていくのが分かる。いやだ。恥ずかしい。とてつもなくはずかしい。
糸を引くような小さな水音。
顔を離したエースが笑う。
「興奮してんじゃん」
「ッ、」
わざとだと分かっているのに辱める言葉に涙がこぼれる。
「ふっ……ぁ、……っ」
「ほんっと二人だとやりやすくていいわ」
「お前、もしかしてこれのため……」
「他に何があんだよ」
「……っ、…………っ」
「女の子だったのか」
「うわ、やっぱり気付いてなかった……。なに、男の方がよかった……?」
「いや、どっちでも構わないけど……、男ならどこがいいか分かりやすかったな、って」
そう聞こえたあと頭に軽い重が乗った。息を吸う音が間近で聞こえる。
「童貞」
「うるさい」
「まあそのうち分かるよ、敏感だし」
「そうだな……、臭いが濃くなった」
丸めた背中にのしかかるように体重をかけてくる。
すぐ傍でぐちゅぐちゅと音がする。横目に指の先が見えて自分の指を舌で濡らしているのが分かった。
落ちてきた毛先が耳郭に当たってゾワゾワする。身体が小さな刺激まで一つひとつ鋭敏に拾ってしまう。すり、と頬を頬で撫でられた刺激が腹の奥まで響く。
デュースはわざとらしく、時間をかけて、ゆっくり、丁寧に自分の指を濡らしていく。
直接耳を舐められている訳でもないのに傍でずっと粘着質な音が聞こえて目が眩みそうだ。
「できた」
ふんだんに濡らした指先でそっと胸の先に触れてくる。
「っ!!」
「かわいい」
「視姦プレイが好みかと思ったら羞恥プレイが好きなの? えっぐ」
「声出せばいいのに」
話す声がこそばゆさより強い刺激で伝わってくる。全身から毛が逆立ちそうだ。
慎重にぎこちなく強弱をつけて転がされ、前に覚えさせられたむずがゆさが、下からじわじわと込み上げてきて嫌になる。自分の体なのにどんどん自分の思うようにいかなくなっていく。
「ずっと我慢して苦しいだろ」
唇と唇の間に捻じ入れて、表面に当たった爪が歯をコツコツとノックしてくる。
「口、開けて」
可能な範囲で首を振るが聞き入れてもらえない。横からどんどん奥へと入り込んで、奥の歯茎からこじ開けようとする。袖を脱いで腕を掴みたいが少しでも口から意識を逸らせば中に入れられる。
「ひっ」
耳を噛まれて緩んだ隙に中へ入り込まれて、驚いたまま歯を下ろした。牙歯に肉が食い込む感触、舌に広がっていく鉄の味。次にどうするか動けなかった一瞬の躊躇を狙って喉奥まで突っ込まれる。
「が、ぁ、」
「駄目だろ」
追い出したいなら噛み切らなきゃ、デュースが咽頭まで指を入れてくる。
「っぁ、……ん、ぅゔっ!!」
「こわぁ」
気道を塞ぐところまで行きかけた指が少し引いて、上顎の柔らかいところをさすってくる。奥から手前へと短い距離を行き来されて、いくらかの嘔吐きと、こんなところまで快楽を拾うのかと絶望する。
「ほらぁ、泣いてんじゃん」
「ご、ごめん……」
喉奥まで入っていた指は舌根辺りまで下がって、呼吸が少し楽になる。
「あ、指はそのままで」
「調子のいい……」
もとよりデュースも完全には抜ききるつもりはないようでそれ以上は出ていかない。追い出したくて舌を突き出すと小さな穴に触れる。一瞬それが何か分からなかったが、口に広がった鉄の味で自分の歯型だと気付いた。まずい。デュースに一ミリも同情はしないがこの深さの傷は大丈夫なのだろうか。恐る恐るデュースを窺うと「大丈夫だ」とあまり平時と変わらない様子で頭を撫でられた。例え痩せ我慢だとしても本当に血生臭いことに慣れていたんだな、とこんな時なのに妙に気が抜ける。ともあれ、骨まで到達していなくてよかった。入れっぱなしにするより出して消毒した方がいいと思うが、せめて止血されるようにと傷口を舐めた。
「んゔっ」
胸の先を舐められて、指に牙が深く食い込んでしまった。慌てて顎を浮かせて歯を離す。笑ったエースは顔を上げて鎖骨から胸、腹、太腿と唇を落としていき、内腿をもう一度強く吸った後、その上にある陰唇に舌を這わせる。指で包皮をめくられ、こぼれた体液を纏わせて舌が往復していく。中にも指を入れられて、一本簡単に飲み込んでしまった。
「は、トロトロ」
時折違和感に慣れさせるよう奥に進みつつ、浅いところに戻っては腹側をノックするように叩く。
「腕疲れたろ、服脱ごうな」
背中でもたついていたシャツの袖が外され、解放感を感じる間もなく大きな手に覆われる。腰を引いてもすぐにデュースにぶつかって、引いた以上に差し込まれるだけだ。波のように大きくなってくる情動が頭をもたげるのが嫌だ。上半身を捻ってもびくともしない。頸に柔らかな唇が当たる。身体を密着しないで欲しい。抑えた手の上から指をなぞらないで欲しい。
逃げたいのに、逃げなきゃいけないのに、逃げ場がどこにもない。
「デュース。お前、声聞きたいんじゃなかったの?」
「いや……」
顔を上げたエースから呆れた声が聞こえる。
デュースの指はほとんど口内に残ったままだ。舌で突き出しても出ていく様子がなく、一向に口が閉じられる気配はないが、噛んでしまえば声は漏れない。穴を開けてしまったところには当たらないように他の箇所で。傷をつけない程度に弱く、声を出さない程度に強く。おもちゃを与えられた犬のようにデュースの指を噛み続けている。
「よかったな」
「……うるさい」
「あーあ、こっちもベッタベタじゃん」
「ん、ぁ……ゃ、ゃだ……」
あんなに出ていかなかった指がエースによって簡単に取っ払われる。栓をするものがなくなって心許ない。
「すっかり惚けた顔しちゃって」
顎に伝った涎を拭われながら顔を覗き込まれて、拒絶したいのに首が上手く振れない。何か動きをつけるのもだるくて、意思を示すのも億劫だ。
「目、こんなに蕩けてんのにな」
抉り出して見せてやりたい、そう言うエースの方が余程甘ったるい顔をしていて、これ以上顔を見たくなくて、余計な餌を与えたくなくて目をつむる。
なのにまた笑う音がした。
唇を吸われて、また口の中に異物が入っていって、好き勝手にかき混ぜられる。噛んじゃだめだ噛んじゃだめ噛むのだけは絶対に駄目。酩酊している頭の中に不釣り合いなくらいの警鐘がやけに響く。だめだだめだ絶対に駄目だ。出血どころじゃすまない。舌の場合、下手をしたら死んでしまう。とてもじゃないが噛み切ることはできない。
でも、そしたら、抵抗の仕方が分からない。
「ん、ん、んー!!」
出ていった指が今度は二本入れられる。行ったり来たりを繰り返しながら、それでも少しずつ奥を広げられて、くちゅくちゅと音を立てていた唇は糸を引いて離れる。腕を掴んで追い出そうとしても、弱いところを擦り込むように押されて視界がチカチカする。
「ん、ぐ、んんぅ」
「駄目だよ。お前これからもっと痛くて苦しいの入れられるんだから。一回くらいふやふやになっときな」
「ゃ、やっ、あっ」
「キツくないか?」
「んー、前はこれで結構なんとか入ったけど」
エースの言葉にもデュースは納得した様子を見せず、既に二本入っているそこに自分の人差し指まで挿入しだす。
「っや…………むりっ、むりむりむり、ぃ、ああぁぁッ!?」
隙間に無理に詰め込むように入れた指によって皮膚が伸ばされてピリピリする。痛い、いたい、破れてしまう。追い出された指はいたずらに陰核を触れては中を拡げようと浅いところを出入りする。頭上でエースが心配性だと笑っている。奥を叩くのもやめてほしい。そこは嫌だ。変な感じがしてくるから。
「ゃだっ……、ぬい、ぬいてぇ! もうお腹いっぱい! はいらない!!」
「お前ねー……、あとでもっかい言って……」
「ごめんな、。これ以上は入れないから」
「や、いやぁああ!!」
「今の場所覚えとけよー、デュース」
「分かった」
「っ、真面目か」
「ゃ、ぁ、あ、あぁあああああ!!」
体に力が入らない。
二人の話す声もどこか遠くだ。
「付け方分かる?」
「分かるけど……、何でこんなの持ってるんだ」
「何でって、お前童貞でもいいけどちゃんと持っとけよ。いつどうなるか分からないんだから」
「寝巻きで持ってる奴は確信犯だろ」
「まあそれはそう」
「意外だ」
「……大体想像できるけどなにが?」
「こういうところだけちゃんと守るんだな」
「こういうとこだけちゃんとしてるんです〜」
「同意なしで強姦してるのに」
「うっせ」
「オレは楽しみはちゃんと後まで取っておく派なの」
「卒業まで一緒の方が楽しいだろ」
「…………かえってやる」
「やれるもんならやってみれば」
「かえってやる、ぜったいっ、帰ってゃ、〜〜〜〜ッ!!」
入ってきた陰茎にさっきと同じ場所を突かれて言葉が途切れた。
「で、帰れそう?」
ちゃん、冷やかして笑う顔に馬鹿にされてるのに中が締まる。
「…………ぁ、……あぁっ、やぁあっ!!」
「一回イッたからすげー声出るじゃん、素直」
太腿に乗った足が汗で滑る。いくら伸ばしても床に爪先が着かなくて、ずらそうとすると挿入が深くなる。
「あっ、」
エースが足首を掴んで、ただでさえ浮いていた足が余計に高くなる。膝を折り曲げて持ち上げられ、ほぼ下半身すべてを宙に吊るした状態で股を大きく開いている姿が羞恥を煽る。
「やだ、やだやだっ」
「すげーよく見えそう」
「ひゃっ……、あっ! やっ……あぁあっ!!」
「そーそー、そういう顔たくさん見せて。すげーかわいい。グチュグチュに犯されてドロドロに溶かされたの顔すげー見たい」
「やめて、やめてぇっ、見ないで」
相手を止めようと伸ばしていた腕を諦めて顔を隠す。もうやだもうやだ早く終わって欲しい。なのに中のものはデュースがさっきまで押していたところを何度も何度も磨り潰す。隠してないで顔見せてよと言われてもそんなもの見せられる訳がない。上から溜息が聞こえる。
「デュース」
呼ばれた声に身体が身じろぐ。
同時に、中を締めてしまった。
「ぐ、うぅ」
「気持ちいい?」
「ッ」
挑発した言い方とデュースから何もなかったことで嵌められたのだと知る。睨めつけるために開いた隙間からあの甘ったるい顔が見える。
「なんで? 別に恐くないだろ? 出ておいで」
いやだ。あの顔は恐い。見たくない。自分で鏡を見てないからそんなことが言えるんだ。
「、僕も顔見たい」
デュースに頬をなぞられてもそんなの無理だ。必死に首を振っても顔に添えられた手が胸に移動するだけで余計に酷くなる。
「ひっ、やぁあ! あ!! や」
口から漏れる高い声が自分のものじゃないみたいで止めたいのにもう止められない。ぱちゅぱちゅと水を含んだぶつかる音と、上から聞こえる喘ぐ息の音も駄目だ。脳が茹って変になる。
「エース、ゃ、や、こ……あぁっ!!」
腰を狙ってさらに奥へと打ち付けられる。
ゴムをつけてるのに種を植え付けられるみたいに。
奥へ
奥へと
入り込まれるみたいで、
「え、エース、おねが、もう……ぁ!! ん、も、やだぁっ」
「?」
「きもちいぃ、きもちぃよぉ」
頭の中はぐちゃぐちゃで、胸のなにかはくしゃくしゃで、紙を丸めたみたいな音がした。
「やめてほしい?」
「うん、うん、きもちいいから、やめてほしいの」
「オレはの顔見たいなー」
「ゃ、お願い、はずかしいから」
「顔見せたら、終わってあげてもいーよ」
「……ほんと?」
「うんうん、ほんと。お互い顔見合って一緒にいこうな」
終わる、終わる。恥ずかしいけど、顔を見せたら全部終わってくれる。
「、腕退けて?」
デュースの声とトントンと腕を叩かれたことに誘われて恐る恐る取り外す。
「やーっと顔見えた」
二人の顔を見てしまったがもう終わりだ。
「いいこ」
エースは優しい顔をしていて。
「そのまま腕押さえてろよデュース」
「もちろん」
鼻で笑った。
「あぁ!! ひっ、やあぁっ!!」
「習ったことちゃんとできていい子だねー、偉いえらい。正直すげーよかった」
「なんで、なんで、なんで!?」
「ちゃん、もうあんま頭回ってない? 都合悪いとこだけ聞かなかったことにしないでよ」
「あんなしおらしくもなれるんだな。普段もああならもう少し肝も冷やさずに済むのに」
「そりゃ駄目でしょ。そしたら学園中の奴らから虐められちゃうじゃん」
「それもそうか」
「知るかぁ!! 馬鹿! 死ねっ、しねっ、あぁっ!! やだっ、しぬ!!」
暴れようにも腕は押さえられて、足も取られたままで自由に動かせるところがどこにもない。デュースの下ろした腕が檻みたいで、エースの掴んだ手が鎖みたいで、他に何も見えなくて、自分から自滅していて世話がない。馬鹿なのか。それに気付いたエースの律動が早くなる。
「興奮した? もっと閉じ込めて奪ってやろうか」
「あぁあっ、やぁぁ!!」
こいつのこういうところが本当に嫌いだ。
本当に、こういう、察しのいいところが本当にほんとうに嫌だ。出してもないのに読み取られてしまう。ものすごく恥ずかしいのに、中を締めたのを自覚して、異物の形がよく分かって、また恥ずかしくて余計に嫌になる。
「限界くるの早くない? デュースがいて恥ずかしい?」
「ちがうもん! ちがううぅ、やあ! もうやぁ!!」
「……単純に負荷が二倍になったら早くヘタるのはしょうがなくないか?」
「お前がそれ言う〜? じゃあ一人で抜いてろよ」
「嫌だ」
「ほら、どうせこの後やるんじゃん。オニ」
「お前が早く終われば済む話だろ」
「あーあ、小うるせぇのができちゃったなぁ……。、デュースの腕に潜ってないで顔出してよ」
「うそつきぃいい、やだ、もうやだぁああ」
「ほらほら、お互い顔見合って一緒にいかないと、いつまで経っても終わりませんよー」
「あ、あ、やら、」
「そうそう、今度は目開けて、ちゃんとオレ見て」
「やだ、揺すらないで、やだ」
「な、きもちいーな」
「……本当に終わるんだろうな?」
「えー、見たことない反応で面白いからもうちょっと、」
「悪魔か?」
「ふたりともしねぇ!!」
「うんうん、もう終わるからな」
「頑張れ頑張れ」
「やだ、やぁああ、おなかいたいぃ、もうやだっ、気持ちっ、いいの、やだってばぁ、あうっ、やぁ……」
「んッ、っ」
「助けて、たすけて、おねがい、おわって、はやく終わってよぉやだ、そこ、だめ」
「かわいー、ほんと、目つむんな、って」
「たすけて、たすけて、もうやだ! やだぁ!!」
瞼を開けていないと本当にやめてくれなくて、ぼやけた視界の向こうでエースと目が合う。深くなる笑みに「飲み込まれる」と身が竦む。息が詰まって、胸が苦しくなって、ぐちゃぐちゃになった顔を隠すこともできないまま、口から嬌声を漏らし続けて膜越しに熱い飛沫が吐き出された。
「飲めるか?」
口許にガラス瓶を差し出されて、どこから持ってきたんだろうと思ったが、そういえば彼の魔法は物を自由に出せるのだった。
喉に通る冷たさが気持ちいい、もう疲れた、何もしたくない。
瓶を持たなきゃいけないのに腕を持ち上げるのも億劫だ。そのまま動かないでいると、デュースは餌でもやるみたいに少しずつ根気よく瓶を傾けさせた。水はおいしい。でも全部飲みたくない、少しでも、ほんのわずかでも、時間を引き伸ばしていたい。そんなささやかな思惑は目の前の男が「オレもちょーだい」と軽く持って行ってしまう。
エースはデュースの手から瓶を奪って、いくらもない中身を軽く一瞬で飲み干してしまった。
「お前、本当最悪だな……」
「いるならもう一回出しゃいいじゃん」
「、水大丈夫か?」
気遣わしげな声をして、脇に腕を入れてひっくり返されて、随分久しぶりに目を合わせた気がした。頬にぱたぱたと水滴が落ちてくるから、デュースが眉を八の字にして笑う。
「せっかく飲んだのにすぐ出ていっちゃうな」
見上げる顔を何度叩いても「痛いいたい」と言葉ばかりで全く意にも返さない。
「やめてくれ」
嗜める声が幼子を諭すようで腹立たしい。
「なるべく苦しくないようにするから」
苦しませない奴がこんな体勢を強いる訳がない。
肩に手かけて、少しでも体が落ちていかないように距離を取る。
「んっ………、んッ、ん!」
胴体に回されたデュースの手は、添えるくらいでほとんど力が入っていない。無理矢理下に下ろすつもりもないが、落ちないよう支えるつもりも毛頭ない。膝が床に着く。足に力が入らない。股の先にゴムの感触が触れる。先端が入っていって、いくら距離を取ろうとしたところで身体を支える力も残ってなくて、中にデュースのものをどんどん飲み込んでいく。
止まりたいのに全然止まってくれない。オートモードみたいにただただ穴に嵌っていって、身体が言うことを聞かなくて嫌になる。私の身体なのに。嫌なのに。止まりたいのに。
「ゃ、」
手首を前に引っ張られてバランスを崩して、私は体がくっつくのが嫌で、でも、そうじゃなくて、急に、───
「ああぁっ!?」
───急に、別の力で下まで突き落とされた。
「お前ッ、いい加減にしろよ……!!」
「いや、なんか……」
視界がチカチカしてなにが起きたのか分からない。耳の中で反響する心臓の鼓動と自分の喘ぐ音も五月蝿くて、二人の話す声もよく聞こえない。
「あっ!!」
まどろみの意識から針を刺されたように感触が引きずりあげられる。
「……ひっ、やぁぁ」
「、」
中で擦れる感覚が恐い。剥き出しの神経を撫でられているみたいだ。痛くて、気持ちよくて、動いてほしくなくて、さっきとは打って変わってデュースの首にしがみつく。与えられる刺激が意識と相反して強すぎる。厳重に締め直さないとまたおちてしまいそうだった。これ以上落ちるところなんてないのに。
「……大丈夫か?」
動けないままでいると固い掌が背中をさする。
「エース、謝れ」
「ごめんなー」
「?」
エースが何かしたんだろうか? 上から覗き込んできたエースは半笑いの顔で目を逸らした。よく分からなかったがとても反省しているようには見えなくて眉根を寄せた。ちゃんと動かせていたかは自信がないけど。
「マジでごめん……」
腰を下ろしたエースは、前に腕を回してデュースと同じように腹をさする。快楽を呼び起こそうとする仕草ではなくて、普通にいたわる手つきで。
触れてくる温度があったかい。
やがてしばらくした後、背中をさすっていた手が止まって、少し躊躇って、それからデュースが聞いてくる。
「……動いて、いいか?」
ぐち、と聞こえる粘着音。頬に手を添えられて顔をデュースの方に向かされた。喉でも噛みちぎられそうな視線と目が合う。呼吸音がやけに大きく聞こえて、触れてないところまで熱が伝わって、ああ諦めてくれないんだろうな、と肩口に顔を埋めた。押し付けた額が汗で滑る。
「、動くから」
耳の上の髪を梳いて、少しだけ時間をくれたあと、デュースは無慈悲に揺さぶり始めた。
「あっ、あっ、あ、うゃ、やっ」
尻を持ち上げられて弱いところに何度も擦り付けられる。引いても当てられて、逃げてもまたすぐに戻されてしまう。決して大きな動きではないが、逆に何度も刻み込むようなそれが、奥だけでなく入口や外にまでむずがゆさを広げて全身がおかしくなってくる。
「あっ! あぁッ」
剥き出しの陰核がデュースに当たって腰が跳ねる。避けたくて足を浮かすのに、後ろから前に押されてまた潰されて、中のものまで締めてしまう。短く切れた息の中に、はっきりと吹き出した音が混ざる。
「かわいい」
「ぃ、やぁ……」
「すぐ逃げようとするから分かりやすいな」
頭に回されて撫でる指も、鼓膜をくすぐる笑い声も全部毒だ。少しでも離れたくて、距離を取りたくて、掴んでいた肩を押すようにして腕を伸ばす。
「あっ!!」
デュースが動いたのと同時に手が滑ってバランスを崩す。腕で支えられて転けるようなことはなかったが、明確な意図を持って耳を噛まれる。
「ゃ、だめっ」
「駄目なのはだろ」
「ひぃ、や……」
耳郭から中の方まで下りてきて粘着質な音がより鮮明に聞こえる。下腹部への摩擦もやまずに背が丸まってしまい、崩れた姿勢が一向に直せない。
「やだっ、やぁっ、あぁ、うん」
「……」
「まって、もうゃ、おわっ……いきっ、くるし」
「うん」
「デュース! デュース、!!」
「うん。……なぁ、」
「や、でゅー、す、やだ、とまって……っ」
「名前、なんて言うんだ」
「……ぇ」
『だってこれ、──────』
「うぁ!!」
「ファミリーネーム、聞いて、なかったろっ、教えて、くれたら、考える!!」
「デュース、やぁっ! やだぁ!!」
「あ、そっか、デュースくんかしこ〜い」
「やぁあっ!?」
さっきまで純粋に撫でていた掌が今度は中に入っているものを自覚させる動きで腹を押さえる。怒りと困惑でエースを睨んでも、なんでもないような顔で「くっつくの嫌なんでしょ?」とのたまう。
「だめ! そこ駄目!! あゔぁあ!!」
「すごい、キュウキュウしてる」
「やっ、やだやだやだやだ!! やめて! そこやめてっいやぁああ!!」
律動が激しくなって、奥を突かれて、前が潰されて、反対の耳までくすぐったい。
「な、ほら、教えて、お前の名前」
「いつまでもトレイ先輩だけってのもずるいもんな」
「やだ! やだ!! たすけて、たすけてよぉっ!!」
脇に手を入れて引き上げられて、首の後ろに腕を回される。ひたりと貼りつく汗ばんだ肌。重なった唇の柔らかさと近くなる水音。脳を直接くすぐられるようにかき混ぜられて、臍を引っ掻くこそばゆさすらお腹が重い。締め付ける中を上から更に押さえられて、自分より固い指先が驚くほど柔い動きで胸先を弄る。嫌だ、もう溶けた瞳を見たくない。顔を隠したい。耳を塞いでしまいたい。見ないで欲しい。
弱いところを擦られて、腰を浮かしてもすぐに追いつかれる。舌が離れてもまた入れられて、ぴちゃぴちゃと音がして、独特のにおいにクラクラして。
ずっとずっと、もうずっと苦しいのに、息が薄くて。
助けてほしくて。
許してほしくて。
「も、もぅ、ゆるして! ゆるしてくださぃ! 、ひっ、!! やぁあああ!!」
「?」
こくこくと、できる範囲の全力で首肯する。
でももう、脳の命令に身体がついていってるのかすら分からない。
「そっか」
デュースの口が笑って。
顔を引き寄せて耳元で。
「」
それを吹き込む。
「ぁ、」
「、、気持ちい?」
「あ! あ! だめ!! だめ!!」
ぶわっと何かが膨らんだようなのに、それとは反対に中はきつく締め付けて。
「ここ好き? いたい? すごいきつい」
「うごかなっで!! いぁ、やあ!! やだ! すれるのやだぁ!!」
「中、すごい締めてくる」
なんで?
────なんで?
身体が追いつけなくて混乱で頭がいっぱいで、これ以上分からなくなりたくなくて止めたいのに止まってくれない。心臓がバクバクする。脳がグラグラ揺れている。脳と心臓、どちらが茹っているのか分からない。顔が熱い。
「やだっ、やっ!! さわ、ぁ、あぁっ、さわんないでえっ!!」
喉が痛い。鼓膜が痛い。手が滑る。
分からない分からないなにもわからない。
「、」
「あ……、だめ、だめ、だめ」
「わかるだろ、自分でも食いついてんの」
「呼ばれるのすき? かわいい」
わからないわからないわからない。
「やだやだやだやだ!! だめぇ!!」
「」
「」
やだ、
「でゅーす、やだ!! やだっ、やだ、えー……っ!!」
やだやだやだやだ、
「な、一緒にイこうな、」
こわい
「すげぇかわいい顔見せて」
うれしい。
「ゃっ……、きちゃうっ、きちゃ、やだ!! だめぇえぇええ!!」
────頭がしろくなって。
意識が落ちていくのが気持ちよかった。
「ちょっと、人が頑張ってメシ作ってる間になに全員寝てんの」
ドアを開けると怪我人のみならず、毛玉と介抱役まで揃って爆睡をかましていた。に抱かれたグリムは寝苦しそうに足を漕いでいるし、デュースはベッドサイドに顔を埋めている。足下に魔法史の教科書が落ちているから、起きたことはなんとなく想像できるけど。仲が良くて羨ましい限りだ。
「ほら起きた起きた」
サイドテーブルにボウルとコップを置いて、の上体を起こしにかける。意識が覚醒しきってない内に膝に乗せてしまって、椅子の方も足で小突く。
「……オマエらなんか変じゃないか?」
「変じゃない変じゃない。これくらいしないとこいつ起きることもままならないんだから」
言われた本人は間にぎゅうぎゅう枕を詰め込んでいるが。二度ほど元に戻してやったら諦めた。
「グリム……」
「ぶな……」
目の合ったグリムは嫌そうに目蓋を下げて、嫌そうなままのもとまで降りていく。
「おお……」
「全然駄目じゃねぇか……」
あのグリムが絆されている。普段とはまるで真逆だ。
大人しくの膝に乗ったグリムは、当のそいつとは対照的にどっしりと後ろにもたれた。手の甲に当たる柔らかさに思いのほか感動していると、デュースがやや渋い目でこちらを見ていたので、空けていた隙間を埋めてぴったりとくっつく。もっときつくしてやりたいくらい、背中の強張りがよく分かる。
「これで仲直りだろ」
「仲直りか?」
「ほらほらデュースくん。ボーッとしてないで、に飯食わせて」
「自分でできる……」
「うわぁ、声ひっでえ。いいからこれ飲んで」
コップを口元まで持っていけば、宣言通り自分の手に取ってちびちびと飲んでいく。
肩越しに見える頬が泣き過ぎたせいでカピカピに乾いていて、喉は濁声になるほどガラガラで、中は多分、炎症が起こっている。だから薬を塗って、薬水で湿らせたタオルで拭いて、気休めだけどお茶に蜂蜜を入れた。あとは食わせて寝て回復すれば大方なんとかなるだろう。やってることが丸々DVやる奴のそれで、自分で自分にドン引いてるけど。所詮気休めだ。それで十分だ。感覚が馬鹿になって、普通が分からなくなって、拒めなくなればそれでいい。
「食べれるか?」
「……」
両手が塞がってる間にボウルを取っていたデュースがスプーンを差し出す。は動く気配がない。半分はまだ体がだるくて、もう半分はこいつなりの抵抗だろう。
「、食わないと元気が出るか……は分かんねーけど、栄養入んねーんだゾ」
「おめー、人の作ったもんに対して失礼ね」
「……、」
デュースは一旦膝に食器を置いての口許に直接指を寄せていく。口の端に当たりそうな、絆創膏の巻かれた人差し指。意図が分かったのだろう、さっきまでの態度が嘘みたいに素直に口をぱかっと開けた。呆気に取られた後、スプーンを取り直して食べさせるデュースがあからさまにちょっと落胆していて、腹の中で笑ってしまった。マジでこいつに椅子役やらせなくてよかった。
「……薄い」
「うっせー、コンソメが見つかんなかったの」
腰に回していた腕を上げて腹を触る。本当は鳩尾の辺りなんだろうけど、あまり上にいくと胸に当たって怒られるから、我慢して臍の上くらい。
嚥下するたび、薄い皮膚越しに動いているのが分かる。だんだん手のひらの窪みに沿って隙間が埋まっていくのが妙に楽しい。小さな子供の腹みたいだ。上からも下からも自分のものを入れているかと思うと笑えてくる。
馬鹿みてぇ。
こんなに順応していて、元に戻れたりなんて、できる訳ないのに。
頼りたかった道だって絶たれて、あとの奴と一番信頼してる奴には意地でも言えない性格だろうに。
別に子供なんてなくてもいいんだ。ただこいつが「変われば」それでいい。
何度も上塗りして、蓋をして、忘れたいなら、何度だって思い出させて、教え込ませて、内側から書き換えてやるから。
元の世界のことはお前の問題だし、戻りたかったなら別にそれでもよかったけど、利用できるなら潰してやる。
もう境界線なんて引かれないように。
違う人間だなんて言われないように。
変質させて作り替えて、こちら側とあちら側なんて勝手に作っている柵を取り払って、住む世界が違うなんて一生思わせないようにして。
仲良しこよしのお友達なんてクソ食らえ。
元に戻してなど、やるものか。