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 ミルクがこぼれる瞬間を逆再生するかのように。
 ノートから浮かび上がったインクは、目を生やし、足を伸ばし、羽を広げて宙を舞う。廊下を漂う蝶達は、譜面に描かれた音符のように列をなして螺旋して、円錐状の天井まで近付くと、それらを器用に避けて薄曇りの空を目指して高く高く昇ってゆき、やがて塵となり、そうして何も見えなくなった。
「入学時、お前達に支給したインクは持ち主の魔力が付着するようになっていてな。インクがノートから剥がれると、こうやって書いた者の下へと帰っていくんだ」
 なお、魔力を持たない者が書いた場合は、行き場をなくして空を目指すが。
 そう言って白紙のノートを晒すクルーウェルの声が、には自分の世界の自分の国の言葉で聞こえる。
「さて、これはお前とグリムの同名で出したレポートだが」
 はツイステッドワンダーランドに来てから、この世界の言語を特別に勉強したことがない。
 動物言語、古代呪文語など、この世界の住人でも日常的に使わないものはまた別だが、普段は自国語を使っているし、グリムの文字に苦労するのは、単にそれが、獣の前足で拙く書いたミミズ張った筆跡だからだ。
 例え、読むのでも書くのでも。
「何故インクがすべて空に消えたのか、説明してもらおうか」
 まだ冷たい風が吹き荒ぶ、冬休みが明けてからわずか五日目のことだった。
 それから更に一週間後。
「もう知らねー!! オレ様デュースとするんだゾ!! なんか一人でやってろ!!」
 教室の、ありとあらゆる席からの視線が、皮膚にちくちくと突き刺さる。
 グリムが課題をサボらず積極的に取り組むように、小テストでクラストップの点を取り「立派な魔法士になりたいのに、こんな簡単なテストでも勝てないんだな」と挑発した結果がこれだ。多少強めに炙った方がこのモンスターは闘志を燃やすだろうという目論見だったが、どうにも火加減を誤ったようだった。加えてデュースを初めとするほとんどの生徒からも睨まれてしまった。そっちには言ってないのに。と、溜息を吐く辺り肝が太い。
 しかし困った。次のレポートも合同課題だ。壇上でただ一人喉を震わせている担任に視線を向けても、手を貸してくれる気配はない。
「Good Boy. 考えたな、仔犬」
 クルーウェルからしてみれば過度に甘やかしてしまうより、生真面目なデュースの方がグリムのお目付役に都合がいい。二匹で一人前の評価と言ったって、各々添削して後で足して割ればいいだけだ。
「次のレポートがよければ本当にご褒美をやろう。楽しみにしておけ」
 クルーウェルとしては素直に褒めたつもりだったが、は死んだ目のまま頬を引き攣らせた。
 放課後になり、皆が馴染みの相手と次々と組んでいくなか、は席を立って出入り口へ早足で歩いていく。一人露骨に敵意を向けてこなかったのは、彼が善人だからではなく、何か別の意図があるはずだ。しかし付き合いが下手なは、こういったとき頼れる相手が他にいない。胃が重くなりながら、教室を出て行こうとしていたブレザーを掴む。
「ストップストップ、エース様お願いします一緒にレポートしてください」
「チェリーパイ」
「はいはい想定内想定内」
「チキンターキー」
「いいともいいとも」
「あー、肩凝ったなぁ」
「もうなんでもしろよぉ!!」
「よっしゃ!! デュース、オレしばらくオンボロ寮泊まるわ!」
「オレ様もハーツラビュルに泊まるー!!」
「そうだな、優等生なくんの邪魔しちゃ悪いしな」
 はもう一度内心で大きく溜息を吐く。
 後ろで可愛い相棒と友人がせせら笑っているのが、振り返らずともよく分かった。
 それから二人は購買で食料を調達し、の顔は買い物袋で埋まり、ハーツラビュル寮でエースのバッグを肩から下げた。オンボロ寮までの道のりを、かけられた負荷以上の足取りでのろのろと歩いていたが、距離が開くたびエースが振り向いて律儀に待ってくれるものだから、奴隷と主人の関係はその日の内に学園中に広まった。

 あれから寮に戻って、食事を終えて、バスタブに湯を張り終えたところで、時刻は夜の十時を回ろうとしていた。はよたよたとふらつきながら廊下を歩く。いつもより手間のかかる料理の間に、やれ喉が渇いた、やれ肩が凝った、菓子はないのか、とことあるごとに呼び出され、キッチンと談話室を何度も往復しているうちに空はどっぷりと沈み、おちおち教科書をめくる暇もなかった。その癖いざ食事ができて呼びに行くとテレビもつけっぱなしで消えている。一階におらず、二階三階と探し回っても見つからず、スマホをかけたところで何故か奥にあるタレットから出てきた。また勝手にいなくなってやしないだろうか。うろんな目つきで談話室を覗き込むと、今度は大人しくテレビを見ていた。
「エース」
「んー?」
 エースが座っているソファまで向かい、前のテーブルに置かれた空になった器を片付けていく。
「部屋準備しとくから先に風呂入ってて」
「え、オレ同じ部屋でいいよ?」
「はい?」
 思っていもいなかった応えを返され、は後ろを振り返る。見上げたエースは一瞬こちらが不安になるくらい普通の顔をしている。
「え、ベッド使うってこと?」
 確認に聞いてみても、これもあっさりと頷かれる。は小さいがさすがに年相応のサイズだ。異性の平均身長からはかけ離れているというだけで。そうなるとの寝る場所は、床か足も伸ばせないソファということになる。
「……分かった」
 少しカビ臭いかもしれないがグリムが戻ってくるまでの我慢だ。その間、エースに自室を使わせて、が準備していた客室で寝ればいい。荷物を取ってこようと立ち上がったの腕をエースが掴む。
「わざと?」
「何が?」
 重ねた食器を取り上げて、またテーブルの上に戻すので、はますます首を捻る。空っぽになった左手にエースの右手が収まって、さらりと他人の体温が入り込んでくる。
「汗すげぇしわざとかな」
 そして掴んだ中指を握り込んで。
「──────ッ!!」
 骨を折った。
 手元を押さえてしゃがみ込んだの肩を押してエースが上に乗り上げる。痛い、指が痛い、指が痛い。迫り上がる痛みと熱に脂汗が浮かぶ。
 自分の上で影を作っている相手の顔が見られない。エースの言う通りわざとだ。本能が拾っていた違和感を、思考がなかったことにした。分かっていたのに。変に疑わずそれに従っていればよかったのに。でも、もう一度立ち止まって、蓋をして、見なかったことにした。
 本気で疎ましく思う時期もあったけれど、エースは友人だったので。

 耳元で名前を呼ぶ声がする。
 引き攣る左手で床を押して、足で腹を蹴り上げる。隙間が開いて起きあがろうとしたところで、
「っだ!!」
 片足を掴んだエースにひっくり返されて頭から床に戻る。
「痛いんだけど」
「……あったまおかしい」
 の言うことを気にも止めず、今度は腰の上に乗りしっかりと体重をかける。
「ん、あれ?」
 より正確に言えば。
「お前、女子?」
 衣服の上から互いの陰部が合わさることを狙って押し付けられている。
「うーん、あてが外れたなぁ。いや、むしろ都合いいのか?」
 確認半分、嫌がらせ半分で腰を揺らすエースを前に、は冷や水を浴びせられたように動けない。いよいよ本気でエースの狂気を自覚する。女と分かったから襲ったのではない。今取っている行動も男の弱点を狙ってのことだ。仮にが本当に男だとしても、彼は同じ行動を取るつもりだった。上に乗られている今の状況に、改めて血の気が引く。
 は口が達者でも他の生徒のように背丈が高い訳でもないし、喧嘩で逆転できるテクニックも持っていない。どちらの性別であれ、エースが諦めないのであれば、この状況から逃げられない。
 が暴れないことを確信したエースは、手袋を外して、ポケットから出した包帯で折った中指と薬指を一緒に巻いていく。治癒魔法と凝固剤が混ざったガーゼだ。飛行術で見たことがある。
「朝にはくっついてるから」
「エ、エース?」
 エースはいたって平然とした様子で、完治までの経過を伝える。ガーゼが段々と固くなり、意識を送っても動かせない。
 いつもとなんら変わらない態度に、無意識に身体が後退ったを見て、友人が得体の知れない顔で笑う。
「…………お前、そんな顔もするんだ」

「ん、ん、んんぅ」
 耳から顎にかけて手を添えてキスをする。一回触れてから、ぱかりと口を開け、周りごと甘噛みをしながら舌で舐める。唇の表面に唾液の湿った感触が当たった途端、の肩を押す力が強くなる。エースが腹に乗っているためほとんど意味をなしていないが、足も抜け出そうともぞもぞした感触が下から伝わる。どれだけ舐めても一向に口を開ける気配がないので、左手でも顎を固定して、無理矢理少し開けさせた。隙間から舌を捻じ込んで、小さくて柔らかいそれを捕まえる。皮膚に食い込む爪が痛い。
「あんまり暴れると、指歪んで固まるよ」
「なんで、なん、ふっ」
 息継ぎのたび、問いかけるたび、答えが一向に貰えない。ロクな言葉を紡げないまま吐息が飲み込まれる。当てられた股間は幾重に重なった布の上からでも勃起しているのが分かる。体格が大きく違う相手に跨がれて、ここからどうやって逃げるのか、どうすればいいのかなんて、考えたこともなかった。
 顔が離れて、息を整えている間に、左顎を固定していた手が下に降りて、シャツの裾から入り込んでくる。胸に辿り着いたエースが目を丸くする。
「うわぁ~、ノーブラ。お前こういうのいい訳?」
 いいもなにも、男子校に女子なんかいる訳ないと言っていたのはエースだ。
「確かにぺたんこだけどさぁ~」
 置かれただけの手の下で、浅く上下に動く胸が、自分から押し当てているようで居た堪れない。触れる先端がひりひりする。エースはしばらく指先で周りを撫でたあと、中心にある乳首を摘む。が肩を押す力が強まり、右の拳を振り上げたが、顔に当たる前に戻された。
「だから指歪むってば」
 予想以上の強い動揺に、エースが目尻を緩めてを見下ろす。床に押さえた両手は、左を膝に切り替え、右手はそのままに服を脱がしていく。ネクタイを解き、セーターを胸元までめくり、ボタンを上から外していく。肌着も同じようにめくられて、晒された乳首が冷えた空気によって立ちあがっている。縁と表面をいじめるように何度も指の腹で転がしていると、突起に芯ができてきて押すにも動かしづらくなってくる。の様子を窺うと、目をつむって口を固く引き結んでいる。
「きもちい?」
 尋ねてみても、そっぽを向かれるだけで応えはない。エースはもう一度ゆっくりと乳首を撫でて、それから口に含めた。この様子なら、そう強く抵抗してくることもないだろう。押さえていた手首を離して、反対側も引っ掻き始める。舌や爪で刺激を与えるたび、身体が小さく震える様が妙に胸をくすぐった。唇で柔く挟んで吸うと、震えが跳ねに変わる。
 これくらいでいいか。ある程度満足して顔を上げると、肩で必死に息をしているが見えた。逸らした首も耳も頬も、すべてが赤くなっている。

 口にかざしていた手を退けさせてキスをする。最初よりもすんなりと口が開いて、温かくて滑りがよかった。
「いい顔」
「っ、や」
 ズボンのボタンに手をかけると腕が伸ばされたが、阻む手はもう随分と弱々しかった。戯れに指を絡めて手を繋ぐ。引っかけたトランクスのゴムごと、ズボンを太ももまで降ろす。
 薄い陰毛が生えたそこは、他に突出したものもなく、確かにの身体が女性であることを指していた。
「いや」
 足の付け根に指を差し込むと、不意にはっきりと声が聞こえる。は繋いでいた手を自らも握り返して、ほとんど動かない手で必死に縋って、エースに懇願する。
「も、やだ、いや……」
 小さな口が息を必死に吸いながら。簡単に解けてしまうような力で。頬を染めあげて、涙をためて。
「もうやだよぉ」
 それでも目を合わせて。その瞳にエースを写して。
「おねがい、」
 喉が酷く乾いて。頭は重く冷えていて。腹の塒がぐるぐる回る。痛ましくて。可哀想で。
「えーす」
 エースは。
「……やめるわけねぇじゃん」
 自分が紛れもなく、加害者だと自覚した。
 の顔がくしゃりと歪む。指を入れた先は濡れていた。こぼれていた体液を拾って、ぬかるみのついた指先を中で前後に往復させる。閉じた口の中を少しずつ割り開いていくと、固くなった突起に引っかかる。そこに指が当たると、の太ももがびくびくと震えて、繋いでいた手の力も強くなるので、段々意図的に触れるようになっていく。
「気持ちいい?」
 手の甲を口に当てていたが、ブンブンと大きく首を振る。エースは中の包皮をめくり、出てきた陰核を根元から先にかけてなぞる。
「やだッ、ゃ、ひっ」
「っぶね」
 突然上体を起こすも、バランスを崩して転倒しかけたの背中に手を回す。せっかく二度目のたんこぶを免れたというのに、は少しでもエースから距離を取ろうと腕を押すばかりだ。
「どうしたの? いきなり暴れだして」
 息をするたび、漏れる吐息が甘い。
「そんなに嫌?」
「で、ちゃ、でちゃ、ぅ……」
 消え入るように出た言葉に、自然と口角が吊り上がる。
「いいよ」
「ぇ」
 怪我をしない程度に、でももっと強く。爪先で。エースは執拗に何度も陰部を撫でてを追い詰めていく。
「やっ!! エース! おねがいっ、やめてっやめて!!」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ、恐くないから」
「やなの! やなの!! っ、ゃだやだやだやだ」
「出しちゃえ」
 固くなった陰核を押し潰す。エースの腕にしがみついたまま、は声をあげずに絶頂した。
 ぽろぽろと泣くに遅れて、指先にチョロチョロと、さっきまでとは違う粘度の液体が流れてくる。部屋にほのかに立ち込めるアンモニア臭。
「あ、えーと……」
 エースはさっき言ったことを反芻し、自分の勘違いを反省し。
「……ごめん」
 からの返事はなかった。
 
「大丈夫だって、床そんなに濡れてなかったろ」
 廊下を歩きながら抱えたに話しかけてみるが返事がない。談話室を出てからずっとだ。気まずい。とにかく気まずい。エースは首を仰ぐ。漏らす前からそれほど変わらなかったと言ったら怒られるだろうか。
 体液と尿を含んだズボンは重力に従って少し垂れ下がっている。量がそれほどなかったのか、濡れたのはほとんど衣類だけで、床は表面が軽く湿った程度だった。が、今のには何を言っても響かなさそうだ。エースは彼女の膝裏に入れていた左手で脱衣所のドアノブを回し、中を突き抜け、足で浴室の戸を開く。
 バスタブの湯は元々高めで出されていたのか、エースが手を入れてもまだ温かかった。を床に座らせ、シャワーからお湯を出す。適温になってきたところで、すっかり大人しい彼女にかけた。
「ほら、落ちたよ」
 そうは言ったものの、股間部だけ色が濃くなったのが状況を強調しているようで余計に居た堪れない。目を逸らしてさっさと他の箇所にもかけていく。セーターの裾を掴むと思い出したかのように腕を突っぱねてきたので、顔にかけて大人しくなったところで脱がせた。咳き込んでいる間に、脱いだベストをその辺に捨てて、もう一度を抱え上げてバスタブに入った。二人分の重量を想定していなかったお湯が縁からあふれていく。
「あー、きもちー……」
 は湯船に浸かってからも咳き込み続けている。ある程度気が済んだようで、ぼやけた視界で隣を見てぎょっとする。が息を整えている間に、エースが上をすべて脱ぎ終えていた。
「なに驚いてんの?」
 エースはそのまま躊躇なくズボンにも手をかけていく。慌てて目を逸らした横で、バチャバチャと大きな水音に混ざって、小さな金属音が聞こえる。ワンテンポ遅れてが立ち上がろうとしたところで、濡れた人肌が触れてきた。
「ひ、」
「デュースもお前も嫌がるけど、オレは結構好きなんだよねー、くっつくの」
 エースが腰に腕を回して、肩に顎を乗せる。二の腕にも胸板がぴったりとくっつき、ズボン越しに不自然な固さが当たって血の気が引く。は胸の前で腕を掻き抱いて体を丸める。上からも下からも腕の間に手を差し込むことが敵わなくなったエースは、少し考えてからシャツの襟を掴んで、後ろに思いっきり引っ張った。
「っ、」
 眼前に晒された頚椎の一番下を柔く齧り、鎖骨や首、耳やこめかみにも唇を落としていく。
「ね、開けて?」
 腕と胸の間をくすぐりながら耳元で囁いても、はぽろぽろと泣いて首を振るだけだ。仕方がないので先にズボンから下ろすことにした。ウエストベルトに指を差し込むと、が更に体を曲げて身を固くするが、腰ごとエースの上に乗せてしまえば抵抗は意味をなくす。
「はい取れた」
 今度は直接、陰茎が押し当てられる。
「うっすい腹」
 本当にナカ入んのかな。腹を触った手が下に降りて、秘裂に指が入っていく。これでは前にも後ろにも動けなくなった。人差し指が浅いところを行き来して、少し進んで締め出されては前に戻って、周囲を焦らす。自分でも触れたことがない場所に、他の誰かが入ってきて中で動いていることに戸惑いを隠せない。さほど痛みを感じないこともショックだった。
「ぅ、」
「痛い?」
 爪先が奥に当たって痛みが走る。指が少し下がると痛みは引くが、それ以上完全には出ていかない。結局居直ってほとんど一本入ってしまった。エースは笑って、またキスを落とす。
「っやだ」
「だって、中気持ちよくないだろ」
 こっちはお前が押さえてて触れないし。そう言って、エースはの腕を、貼りついたシャツの上からなぞっていく。耳元で囁く声も、身体を撫でる手も、こそばゆくて仕方がない。肘を抱えられるだけ抱えて、できるだけ身を縮ませて無視し続けるしかない。それでも柔らかくて重い刺激がずっと皮膚をまとわりついて、身体の中へ侵食していく。
「かわいいね、お前」
 もう一度指が根元まで埋まっても、今度はほとんど痛くなかった。ぬかるみが増えて、開いた肉が柔くエースの指を挟む。
「ッ、こぉら」
 思わず後退ってしまって、臀部に伝わる感触に、後ろを思い出してまた固まる。
「急に下がるなよ、びっくりするだろ」
「あ、あ、や」
「ほんと、分かりやすい……」
 軽く突いた奥が、爪先が当たると変に疼いて、指の付け根を何度も締めつける。が困惑した声をあげて、駄々をこねるように首を振る。一度だけのいたずらのつもりだったが、か細い声を出しながら逃げていく背中が可愛くて、重なるように体重をかける。
「あっ」
「長かったー」
 緩んだ腕の間に、エースの手が入り込む。
「結構頑張ったね、残念でした〜」
「やだやだやだやだ、やっ」
 腕を下げても手首を押してももう遅い。エースはタンクトップをたくし上げ、両方の胸を外に晒す。
「諦めて大人しく服脱ごうな」
「ひっ、ぅ、」
 そのまま彼の両手はの胸を弄り出す。あんなに服を脱がせようとしていたのに、指先が胸から離れず、なんなら落ちたシャツが胸を隠して元の状態に戻っても気にしない。
「なん、で、ぅ」
「なに、脱ぐ気になった?」
 が右手でバスタブの縁を掴んでしがみつく。体を曲げてもエースの指は離れず、中よりずっと分かりやすい刺激に、違和感の中の快楽まで拾って頬が熱くなる。湯船はもうのぼせるような温度ではなくなったのに。
「ははは、今はこっちの方がいっか。かわいーな」
 エースはそう言うと攻める手を一層強くする。
 指の腹を押し当てて、上下に挟んで転がして、爪先で引っ掻いたあと、三本の指で包むように撫でて。
「あんまり曲げてるとお湯飲まない?」
「わ、……ぶッ」
 エースはの背中に体重をかけ、彼女を湯の中に沈め空気の泡がなくなる前に引き上げる。水面から顔を出し、大きく口を開けたところで乳首を摘む。
「やぁ、ぅ」
「苦しいでしょ、息吸いなよ」
「や、ぁ、やっ」
 先程のことがあるためは身体を曲げられず、シャツの隙間からいじめている乳首が見える。肩にもたれて嫌々と首を振る様がいじらしい。
 エースは腹に回していた左手を下に降ろし、もう一度膣口に指を入れる。
「意外と中、分かるもんなだな」
 最初にゆっくりと埋めた人差し指が、増えた体液が手伝ってあっさりと受け入れられる。エースは第一関節ほどまで指を抜いて、中指も加えて少しずつ入っていく。
 一本の時のように根元までは入らない。胸や、親指で陰核にも触れつつ、比較的浅いところで、中を擦るとそれまで大人しかった小さな右手がエースの腕を掴む。
 エースは笑みを深めて同じところを触っていく。細かく何度も振動させるとが首を逸らして頭を肩に擦りつける。
「う、ゃ、う」
「かわいい〜」
「やぁぅ、あっ、あ、あ」
 こぼれる嬌声がどんどん多く、高くなってくる。
「エー、ス……みな、ぃ、で」
「ぜぇーったい、嫌」
 電気の点いた浴室では、の赤い顔も、頬を流れる涙も見えてしまう。自分の隠したいところをすべて見られていることに心臓が思い出したかのように痛みだす。例えニュアンスが違っていたとしても、エースが泣いて喜ぶ側の人間だと知りたくなかった。
 少しでも隠せないかと頬をエースの胸に擦りつけると、湯に混ざって、他人の、エースの匂いが鼻腔に入ってくる。こんな距離も、匂いも知らない。
「も、やだぁ、あぅっ、ぁ」
「うん、全部見せて」
「ゃめ、はなして! やぁッ、あ、ぁ……」
「逃がすかよ」
「ぁ、や────ッ!!」
「どうしても最後、声我慢しちゃうね」
「エ、ス……」
「可愛いのに」
 熱に浮かされた、でもやけに据わった目で、エースは言う。の数少ない友人は、こんな目はしていなかったはずだ。隠していたのか、気付いていなかっただけか。なんで、何がそうさせてしまったのか。どこで間違えたのか。なにかの悪い夢じゃないかと思考が逃避してしまう。頭が受け入れることを拒否する。
「お前、中でイッたんだよ」
 中に入れたままだった指の腹が、同じ場所を軽く擦る。
 その何気ない動きすら強く拾ってしまう。
 外からの刺激が補った面はあるものの、浅いところなら平気だった。平気になってしまった。それどころか、快楽すら、拾って。
「その感覚、覚えてて」
 自分は一体何を教え込まれているのか。気付きたくない、理解したくない、直視したくないから漠然としか見えない、輪郭線のない不安が迫り上がってくる。逃げたいのに、体力的にも物理的にも、もう無理だ。
 もしも魔法が使えたら、こんな状況でも抜け出せたりしただろうか。
 
「うわー、昼まで寝てんだけど」
「朝まで勉強頑張ってたんじゃない?」
「それじゃ順序違うじゃん」
 くすくす。
 くすくす。
 今も昔も慣れた感覚に苛まれながら、はこめかみを押さえる。最悪の目覚めだ。一限目から科目が変わってない教科書と白紙のノートを見て、よくも追い出されなかったなと感心する。
ー、食堂行こうぜ」
「……エース、今の聞いてた?」
「いんや、オレも寝てた」
 自分のことを棚に上げて溜息が出る。さほど落胆はない。エースは比較的不真面目だ。ひとまず教科書を読んでみて、分からなければジャックか代償の安い先輩勢、それでも駄目なら体調が悪かったと教師に素直に頭を下げよう。
「オレ、スペシャルランチAにしよーっと、お前Bね」
 隣で自分のメニューが勝手にスルスルと決められていくのを聞いて、そういえば奴隷の体だったと思い出す。どの道あまり食欲はない。食べるのはほとんどエースだろうし、決める気力もなかったので楽でよかった。ここぞとばかりに高価なメニューを二つも頼まれて、思うところがないと言われれば嘘になるが。
「おわ、どーしたんスかそれ」
「……スペード先輩に貰いました」
くん豪勢ッスねぇ」
 が席でエースを待っている間、通りかかったラギーが声をかける。声をかけた時点で、ズッキーニが一本、彼の手に収まっている。机の上にはランチのほか、向かいの客人が置いていった、大小様々な食材が並んでいる。にんじんカボチャ玉葱、ナスにズッキーニ、魚介類(冷凍)とパウチされたソーセージが少々。トマト缶二つと、切り分けられたチーズが一塊。他人より鋭いラギーの犬歯が、固くなったズッキーニに突き立てられて、バリボリと、音を立てて噛み砕いていく。後ろにいたしなやかな青年は、小気味よく野菜を腹に収めていくラギーを見て、それまで重たげにしていただけの瞼をわずかに顰めた。
「キングスカラー先輩」
「あ?」
「これ、ユニーク魔法で粉にできますか?」
 眠たげな目をしていた青年、サバナクローの寮長レオナは、チーズを指差す凡庸な顔を見て、今度は露骨に眉を顰める。
「二度とくだらねぇこと言うんじゃねぇ」
「あっははははは!! くんホント命知らず!! バカ!! さいっこー!!」
「え、なにこれ……」
「チーズ……」
 遅れて席に来たエースが困惑の声をあげる横で、ラギーがレオナの後を追うようにソーセージを抜き去っていく。机にできた三〇〇グラムほどの乳白色の山の欠片が、風に乗ってサラサラと流れていく。
 
 目が覚めたら、すべて元に戻ってやしないだろうか。
 昨日の夜になる前に。
 グリムを怒らせる前に。
 この世界に来る前に。
 父が新しい家族を連れてくる前に。
 それでもドアを開けた先で出迎えてくれるのは、ゴースト達ではなく、誰もいない、ただキッチンまでまっすぐと続く廊下だけだった。
 エースが玄関で固まったまま動かないの顔を覗くと、彼女は正面を睨んだままボロボロと涙をこぼす。エースはを抱き締めて、宥めるように背中を叩く。
「よしよし、最後までよく頑張りました」
 剥がそうと腕を掴む細い指が震えている。全身もずっと強張っていて、気の毒になるくらい怯えていた。
 エースは閉じ込める力を一層強くする。
「そんなに嫌だったんなら、皆に言えばよかったじゃん」
「……ゃだ」
「私は女の子で、昨日エースくんに犯されました」
「やだ、やだ」
「誰か助けてください、って」
「やだっ!!」
 エースは小さな口をこじ開けて、舌を入れる。奥に縮こまっていた舌を根元から拾って、覆って、引っ張り出して。少しずつ深めて逃げられないようにすれば、中は湿って温かくて気持ちいい。血の気が感じられない指先とは対照的に。
 もう口を離してもは何も言わない。
 昨夜と同じ、涙をたくさんためた目でエースを見上げるだけ。
「ご飯食べよっか」

「うわ、包丁持ったまますんなよ。危ねぇな」
 包丁を持ったまま目を擦る右手を、後ろから伸びてきた手が下に降ろす。柄を離すと覆っていた手も退いたので、はもう一度頬を拭う。
「今日なに?」
「…………スープ」
「見りゃ分かるよ」
「…………」
「えぇ〜」
 不満を漏らすエースが頭に顎を乗せてきて鬱陶しい。にんじんや玉葱、今日貰った野菜をサイコロ状に刻んで、にんにくの香りが油に移った頃に鍋に流す。全体にオリーブオイルが回ったら挽肉を追加して、それぞれ茶色と半透明になってきたところで水とコンソメ、ホールトマトを投入する。スープを掬って、缶に残ったトマトを落として、後ろを向く。目の前にいたエースをひっくり返して、キッチンの出入り口まで背中を押す。
「えっ、なに、なに」
「先に風呂入って」
「えー」
「三十分くらいでできるから」
「まだ洗ってなくない?」
「知らん、自分でやれ」
 エースをキッチンから追い出して、火元に戻って鍋を覗く。肉から出たオリーブオイルの黄色い油が、スープの中でふよふよと回っている。今日はこの一品で終わりだ。底からポコポコと小さな気泡が浮かんでいく。何の変哲もない、あまりにもいつも通りの光景で、ショートパスタを入れる寸前まではずっとそれを眺めていた。
 食べるスピードが遅い。そもそも食の進み自体が遅い気がする。いつもだって、そう早い訳ではないものの周囲と同じくらいには食べ終えていたのに、今は気取る余裕もないらしい。
 が三分の一もいってない間に、エースは一皿ぺろりと食べ終わってしまった。
「これ残り食べていい?」
「……いいけど」
 綺麗に空にした器を片手にコンロへ向かう。鍋からスープを掬い取る背中に、後ろから凝視されている気配を感じてむず痒い。
「なに、やっぱ食べちゃ駄目なの?」
「そうじゃなくて……、太らない?」
「太んねーし!!」
 しばらくなんとはなしに見ていたが、エースが席に戻ってくるとも食事を再開する。小さな口でちびちび食べ進めるの皿は、エースが二回目の半分に差し掛かったところでようやく終わる気配を見せた。虚勢を諦め無防備を晒す姿は物珍しくすらあるが、正直ここまで弱るとは思ってもみなかった。ホリデーに熱中症で倒れた時だって、決して寮にはあげなかったのに。
「それ終わったら風呂入ってきたら?」
 が端にスープを集めていた手を止めてエースを見る。せっかく終わりかけていたのに失敗だったかもしれない。まあ食べる気がなければ、エースがすべて引き受けてしまえばいい。
「オレ洗っとくし。というかもう全部食べるし」
「…………なんで?」
「あのなぁ、何か仕掛けるならやるならさっき追い出された時にもうやってるから。頭馬鹿になってる?」
「それもそうか」
「あ、それとも」
 目がもう一度エースの方を向く。
「一人じゃ入れない?」
「ごちそうさま」
 皿の残りをすべてかき込んでは食器もそのままに早足で出ていった。
 期待通りの反応でエースは笑った。
「おっそ」
 スマホの時計を見ながら、何度目かの開かない扉を見つめる。エースはもう一度画面に首を戻す。がキッチンを出てからゆうに一時間が経とうとしていた。脱衣所から近い談話室にいれば、内階段を使うため通りかかると踏んでいたが、絵画下のドアは一向に開く気配を見せない。中で溺れ死んでやしないだろうか。過去にも何度かオンボロ寮に泊まっているが、その時のはこれほど長風呂ではなかったはずだ。
 ここでオンボロ寮の間取りを説明しておくと、談話室を中心に、回の字型にそれぞれ部屋が配置されている。南側の玄関の横にトイレが並び、寮に入ってすぐ右、東側に管理人室、医務室、倉庫、食物庫と続き、その廊下をまっすぐ進んだ北側にキッチンが設置され、西側は脱衣所とバスルームだ。階段は玄関に入ってすぐの外階段(南側)と、談話室を経由する内階段(北側)の二つがある。
 風呂から出たが自室(二階北西)へ向かうには、そのまま内階段を使った方が早い。──ただし、手間を取って遠回りをすれば、南の外階段から、談話室を経由せず部屋に戻ることも可能だ。
「……ありえるー」
 エースは独りごちて立ち上がる。スマホの画面がぷつりと切れる。
 談話室を出て脱衣所のドアをノックする。奥の浴室にいるからか、それとも既に誰もいないからなのか、中からの返事はない。
ー」
 遠くにいても聞こえるよう大きめの声で呼びかけるも、やはり返事はない。冷静でいようと努めていても、苛立ちが消し切れなかった火のように燻っていく。
 早く確認してしまって、それでいなかったら次を考えよう。その時は、あまり長期的な見通しは立てられないかもしれないけど。
「おーい、大丈夫? 起き……て、……」
 結論から言うとはいた。
 風呂に入らず、脱衣所でしゃがみ込んだまま。
「……あー」
 はエースの方に向けていた首を逸らして下を向き、決して目を合わせようとしない。肘を抱えた腕が時折摩るようにぎこちなく動き、息が荒く、それを潜めようとして首を窄めて腕の間に顔を埋める。てっきりいないと思っていたばかりに、怒気を隠しきれていない声で呼んでいたのもよくなかった。今までで一番顔色が悪い。
「立てる?」
 屈めて話しかけても、は首を振ることすらできなかった。エースが前に立ったので、床に向けた視線も下げざるを得ない。眉根を寄せた皺がきつくなって、角膜を覆う水分が増して、脇の下からは脂汗が出ている。視界に足が映らないようにもっと下げた。見つめる床の距離が近くなる。今にもエースが殴りかかるとでも言わんばかりの怯えようだ。いや、昨日確かに骨を折って、身体の至るところを触って、失禁させて、舌も指も入れたけど。
「ちょっとごめんな」
 エースは膝をつき、に抱きつく形で密着し、腰と膝裏に腕を回して立ち上がる。引き攣った息を漏らすを無視して、棚に積まれていたタオルを適当に取る。足が浮いて、昨日と同じ状況に脳がフラッシュバックする。強張った手がエースの肩を固く握りしめて、服に大きな皺が入った。
「今日は普通に入るだけ痛いいだいいたい髪はマジでやめてっ!!」
 床に下ろそうとしてもまたもやは嫌がって、肩から背中にしがみつく。
ー、本当に今日は何も……いや、したけど、この後はしねぇから。シャンプーしよ、ね?」
 少し静かになったを椅子に座らせ、エースはすかさず後ろに回り、間髪入れずにシャワーを捻る。
「はい、口閉じて」
 有無を言わさぬエースの声と床を叩く水音に、萎縮したは慌てて両手で口を塞ぐ。身を丸めて、防御体勢に入っている間に頭から湯をかけていく。
「シャンプーしまーす」
 徐々に落ち着いてきたが、脳内で首を捻ったが、本人にやらせるよりエースがやった方が早い。待っている間も手持ち無沙汰だし、この状態の彼女にくっつく訳にもいかない。キッチンとは訳が違う。とはいえここで一人戻る選択肢はエースにはなかった。
 自分を洗う時より、若干弱めに、指の腹で撫でていくように頭に触れる。
「痒いとこない?」
 店でやるような決まり文句を言うと、は特に何も言わずに頷く。なんの変哲もない予想通りの返答だったが、反応が返ってきて、無意識にしていたらしい緊張が解けた。余裕ができて、泡のついた細い毛を少しずつ梳いていく。耳の裏や襟足に意識を持っていきすぎないように注意した。
「次いきまーす」
 コンディショナーも流し終えた後にエースが言った言葉にが振り向く。髪から飛んだ飛沫が顔に当たる。
「つ、次って」
「体」
「……自分、で、やる」
「オレ、背中しかやらないつもりだったけど、できる?」
「できる」
「じゃ、五分ね」
「は」
 エースはの手にスポンジを手渡し、タオルを被せ、ポケットからスマホを取り出す。
「五分経っても出てこなかったら、終わってなくても入るから」
 五分で体を洗って、それを拭いて、服を着る。それも肌に貼りついたこの重苦しい制服を脱ぐところから始めて。呆然としているに構わずエースはタイマーをセットして浴室を出ていく。窓の向こうから赤色が消えて、脱衣所もきちんと出ていったことが確認できた。
ー、まだ〜?」
「待って! 待ってってば!!」
「もうとっくにタイムオーバーなんだけど〜」
「できるかこの馬鹿!!」
 脱衣所から聞こえる元気な怒鳴り声になんやかんやと絆されながら結局八分まで延長した。ドアを開けると濡れた髪のまま肩を怒らせたに迎えられた。
 制服を洗濯機に放り込んでスタートボタンを押す。髪をドライヤーで乾かして、一緒のベッドに入って寝る。当然のごとくには嫌がられたが。
「いいじゃん、どうせ昨日も一緒だったんだし」
「レポート……」
「はい、寝た寝た」

 次の日から、は完全に給仕として適応していた。
 柔らかい日差しが降り注ぐなかエプロン姿で起こされ、階段を降りると温め直したパンの香りが漂ってくる。寮を出る前、自然に鞄を持ってドアを開け、道中は常に後ろを歩き、食堂では希望のメニューを聞かれ、席で待っておくように言われる。これ以上食費が嵩むことに危機感を覚えたのだろう。本人はちゃっかり弁当まで用意していた。それすらエースの希望があるなら晩に回すと言う。朝の内はまだ気分もよかったが、ここまで来ると完璧すぎて何かが違う。いっそ物寂しさすら付き纏ってきた。
「じゃあ席で待ってて」
「うん……」
「あれー、絶賛奴隷中のくんじゃないですか」
「パシリが板についてんな」
「俺の飯も買ってきてよ」
 がクラスメイトに絡まれている。もう背を向けた後だし、いつものことなのでエースはそのまま席を探しに行くことにした。背後から少し思案した後のの声が聞こえる。
「レポート変わるならいいよ」
「は? やるかよ。一人でやってろ」
「話にならない」
 一瞬で話がついた。生徒らがブーイングを起こす横で、は気にも留めず溜息を吐いている。
「俺、変わろっか?」
 一人だけ、あとの三人とは違う毛色で話しかける生徒がいる。柔和な顔の、柔らかな猫っ毛で、ミルクと髪の色まで柔らかな印象の少年だ。エースと同じハートの模様を小さく左の頰に施した少年は、彼らの中でも比較的温厚だ。他の生徒が抱えているようなに対する固定観念もない。
 おそらくペアを組むには、この中で一番いい相手のはずだ。学力の方も申し分ない。これ以上ないほどの好条件をぶら下げられて、はしばし静かになる。
「……いや、お前はなんかいいや」
「そう?」
「ごめんな」
「ううん」
「贅沢!!」
「我儘!!」
「選べる立場か!!」
 他の者からクレームが続出する。は無視して、スペシャルランチの列に並んだ。

 その後、何事もなく課題を終えて、何事もなく日々を終えて。週末の深夜、時刻が日付を跨いでからしばらくした頃。ベッドの中のエースが目を覚ました。視界の悪い闇の中、思っていたより近くで、ふにゃふにゃと芯の抜けた声がする。
「寝れない?」
「トイレ……」
 そう、と答える声は語尾が消えかけていて、まだまどろみの中にいるようだ。起こした後ろめたさから回された腕をゆっくり外そうとすると、背中が押されて身体が密着する。エースはそのままを組み敷いて馬乗りになる。
「さすがに毎回ワンパターンに繰り返されたら気付くからな、クソ」
「なっ、なんで」
「なんでって、はぁ〜? お前、あれで終わりだと思ってたの?」
「だって、」
 してこなかったし……、が消え入るような声で続ける。最初に聞いてきた声も誤魔化しが混じっていなかった辺り、どうやら本気でそう思っていたらしい。逃避だとしても想像以上に楽観視していて手を出しているこちらの方が心配になってくる。エースは溜息を吐いて、耳元に口を寄せる。
「廃人になられてもヤだから様子見てただけ」
 実際、毎夜ベッドを抜け出す程度には回復したようだった。朝もエースより先に起きて、支度のためと思わせれば、隣にいない理由にも説明がつく。素直に喜んでいた自分が恥ずかしい。
「こんだけ悪知恵働かせる元気があるなら、もう十分だな」
「っやだ」
「じゃ、逃げれば?」
 エースはそう言って、の体を裏返して体重をかける。うつ伏せにさせたスウェットの間に手を入れて、右手は胸を、左手は下腹部を刺激する。が腕に力を入れて身体を浮かせても、エースの手が動かしやすくなっただけで抜け出すには至らない。エースは人差し指をわずかに曲げて、先端を引っ掻くように攻めていく。ベッドとの間で下敷きになった手は、最初の時より動きが粗くて、擦る力が強くなる。かり、かりっ、と大きな動きで爪が引っかかるたび、胸が震える。
「濡れるのはや、」
 割れ目を浅く往復していた指を二本奥に入れて、こぼれ出る体液を掬って前の陰核に塗りたくる。動かないと逃げられないが、下手に動いても余計な刺激を増やすだけだ。エースの指が叱るように追随し、腫れた突起を大きな力で押し潰す。満足に動けないまま、背中から伝わってくる体温が熱くて、単調な動きにあっという間に呆気なく、神経が高められていく。
「────ッ!!」
「いっかいめ、」
 エースは止まらずそのまま同じ箇所を攻めていく。腰を浮かせてもずれた動きが刺激になって、さっきと同じことの繰り返しで。
「んっ、んっ、んっ、ん」
 枕に顔を押し付けていれば大きな声は出さずに済むが、息を上手く吐けなくて余計に苦しくて、沸騰する頬に熱が籠る。
「んんーーーー!!」
「にかーい」
 立て続けに絶頂を迎えて、皮膚の表面をなぞられるだけで辛いのに、エースはまだ根元をそれぞれ搾って追い詰める。
「もっ、いやぁッ!」
「分かる、三回はさすがにキツいよな」
「いたい、いたいのっ」
「だーめ、我慢して」
「いやぁッ、あ、んんーッ! んっ」
、逃げなくていいの?」
「だめ、ゃ、やぁぁっ!!」
「かわいー声」
「だめ、そこダメ、やめてあッ、あっあっあ……ッ」
「さんかいめ」
 外から見れば、パジャマのままうつ伏せで寝ているだけにも見えるは、首筋に唇を当てるだけで身体を縮ませる。
「あっつ、」
 自分の上着と一緒に布団を剥ぐと、夜の冷気がひんやりと当たり、酸味を含んだ独特の臭いを薄めていく。エースはの顔を枕から剥がして服を脱がす。隠す腕も奪われたは、泣き腫らした目でエースを見上げる。
「今日は最後までやるから」
 固く閉ざされた口の周りを数回口付け、その後唇にべ、っと舌を押し当てる。啄むように柔く吸い、少し強引に舌先で押すと、力の抜けた身体は簡単に開く。エースは足の間に右手を入れ、先程は体液を拾うだけだった口に、今度は二本の指を飲み込ませていく。温かく湿った肉壁はエースの指を柔く挟む。肉付きの薄い彼女の中では一番柔らかいところかもしれない。根元は何度も甘く締めつけるものの、刺激を受けるにつれ、奥は少しずつ広がり受け入れていく。何度目かの収縮と弛緩を経て、三本目も入れようとすると、伸び切っていない皮膚がピリピリと痛む。
 エースは一度指を入り口付近まで引き抜いて、先の襞のところを撫でていく。唇を当てていた首からも顔を上げて、小さな声でを呼ぶ。
「息吸って」
 言われた通り息を吸うと、中の痛みが幾分マシになる。
「次は吐いて。ん……、そのまま深呼吸して」
「んぐ、んッ、ん!」
 力が抜けたところに再び薬指が入ってきて、頭皮に脂汗が浮かぶ。エースの肩を強く掴んでも、幼子のようにあやされるだけで、今度は出ていかない。追い出すことを諦めたは、力を抜いて痛みを緩和させる方に集中する。
「いい子」
 エースの声に合わせて息をして、そうすると痛みが引いて、引いた分だけ、奥に指を飲み込んでしまう。なるべく細く、束状になるようまとめられた指だが、それでも引き攣る皮膚の痛みや、胸に迫り上がってくる苦しさはずっとあるのに。段々と、それ以外の、拾ってはいけない感覚まで拾ってきそうになる。
「は、ゃ……」
「どうしたの? いい子だから中入れて?」
「ち、が……」
「でもお前、褒められると気持ちよさそう」
「ゃ、ゃ、」
「ね、段々動きやすくなってきた」
「…………めて、ゃ……」
 増えた体液に、ぎこちなかった動きが段々と滑らかになってくる。指の腹で触れられると、毛が逆立つような逃げ出したくなる箇所がある。どうしたらいいのだろう、どうすればいいのだろう。口を塞いだ手の甲に、エースが何度もキスを降らせていく。
「手、外して?」
「んんっ」
「キスするたび中バレてんの嫌だろ」
 な?、念押しで手首を軽く掴むと、諦めたが手を下ろす。
「これならどれか分からないから」
 唇が触れて、舌と舌を合わせて、上も下もかき混ぜられていく。分からないじゃなくて、全部が全部理由になるだけじゃないか。唇を食まれるのも、舌の付け根をなぞられるのも、耳をくすぐられるのも。出入りを繰り返す指によって、固く閉じられていた中が変容する。男を受け入れていく形に、作り替えられていく。
 やがて、ずっと居直っていた指がすべて抜かれて。
「挿れるな?」
 妙に緊張した沈黙を経てゴムをつけて、中に入って手を繋いで名前を呼ばれて目を開けた先で、エースが幸せそうに目を細める。それが鳩尾の辺りを重くする。
「えー、す」
「なに?」
「くるしい……」
 涙が滲む。ぼやけた視界になるのが、見たくない心境に都合がよかった。
「いいよ、じゃあちょっとこのままね」
 このままゆっくり目を閉じて、眠るように大人しくしていたいのに、エースが甘ったるい声でまた呼ぶから、瞳を合わせて、吐き気とも違う苦しさが胸に迫り上がる。
「……ぁー」
 湿度が高くて柔らかなのに緩やかに締めてくる、指で何度も何度も味わった感触。絶対慣れることはないと思うのに、エースがほとんど動いていないのに、中はじわじわと侵食していくようで恐い、こわい。馴染んでいく。染み込んでいく。身体が適応していく恐怖が息を苦しくさせる。
 エースの顔が近付いて、またキスをする。優しく吸われて、かき混ぜられて。苦しさの正体が何なのか掴むことなく輪郭がぼやけて、感覚が曖昧になっていく。肩に手を添えて、飲んでもこぼれていく唾液で髪が濡れる。足を曲げて腰をずり上げようとすると、すぐに手の指が絡まった。
「動いていいなら動くけど」
「んっ、んぅっ」
 わずかにできていた距離があっけなく埋められる。エースはそのまま律動を開始して、内臓を突き上げられる振動がほのかな吐き気をもたらす。下腹部からくちくちと聞こえる水音がいたたまれない。口を噤んで首を逸らすと、エースに顔を寄せられて耳が震える。
「きもちいいよ」
「ちがっ、あっ!?」 
「痛い方がいい?」
「やっ……あっあっあっ」
「じゃあ気持ちいい方がいいじゃん」
 エースが握った左手を顔に寄せ、中指を見せつけるように口を開く。の手のひらに汗が滲む。息が浅くなり、全身の緊張に連なって中も追い出すようにエースを締める。左手の中指は、四日前、エースに骨を折られたところだ。
「冗談」
 指に口付けただけのエースに、自分でも驚くくらい気が抜けて、涙腺が決壊したかように止まらない。
「あー、ごめん、恐かったよな」
 なかなか引付が治らないを見て、エースは慌てて肩を撫でる。
「ほんとごめん、やらないから」
 生え際から髪を梳いて、触れるだけのキスを何度もする。唇に触れる涙が塩辛い。思うように動けないのが苦しいが、呼吸に合わせて、中も一定のリズムで締めつけてくる。我ながら最低だとは思うが気持ちがいい。エースが陰茎を固くしたことに気付いたが恥ずかしそうに目を閉じる。
 エースは再びの左手を口元まで持っていって、手の甲から指へ爪先とキスを落としていく。
「やら、ない、って」
「折らない」
 屁理屈だ。本当はキスもするつもりはなかった。半分以上は恐怖だと思うが、小さな刺激でいちいち中を締めるが可愛い。甘噛みは収縮が強くて気持ちいいけれど、の怯えようが酷いので、唇と舌だけにした。指の股を舐めても反応する。腹を撫でて、入っていることを強調する。律儀にも一つ一つを拾ってしまう。
「お前本当にかわいいよ」
「もうや、っ、もう」
 褒めないでほしい、優しくしないでほしい、いけないことなのに。止めたいのに、終わらせたいのに。中がまた締まる。
「動くから」
 動きが再開して、強い刺激と、吐き気にも似た感覚も蘇って安堵する。早く終わってほしい、終わってほしい、強くなってきた快楽に堪えるようにエースにしがみつく。しがみついた腕を取られて首に回される。距離が近くなって、匂いを今までより多く拾ってしまって、キツくなった中が少しずつ少しずつこじ開けられていく。
初めて?」
 の一瞬の戸惑いをすぐに察して、エースは機嫌よくにやにやと笑って。
「いけないこといっぱい覚えような」
 先端が当たる奥の箇所が、何度も突かれるうちに言いようのないむず痒さを醸し出す。掻きむしりたくなるなるような衝動をエースが和らげてくれるのが嬉しくて中が締まる。嫌だ。やだ。そんなところに快楽があるなんて知らなかった。
「やっ、助け、たすけ」
「だぁめ」
 願いが叶えられることはなくは四度目の絶頂を迎えた。膀胱でもないのに、注ぎ込まれた精液をこぼさないよう堪える腹に恥ずかしさを覚えつつ、息を整える。首が上にあがるので絡めていた腕を解く。予想通りエースが上体を起こしの中から陰茎を抜いていく。
 終わった。とにかく終わった。とてつもない疲労感に包まれて身体を投げ出していると、違和感のなくなった膣に再び異物が入ってくる感触がする。
「え、えっ、え?」
「おー、今度は簡単に入るね。いい子いい子」
「あぁあぁあっ、嘘っ、やぁ」
「だってオレまだ一回だけだし。ばっかり何回も気持ちよくなって、ずるくない?」
「好、きで、なったんッ、うぅ」
「そりゃそうだけどさぁ」
「う、あ、あ、」
「気持ちいい?」
「やっ、ちがぅ、ちが」
「やめて欲しい?」
 先程まで首を横にしか振らなかったは今度は真逆に素直に頷く。エースは「ひどー」と嘯きながら笑って。
「じゃ、気持ちいいって言って」
「ひっ」
 の身体を揺すり始める。
「はい頑張って」
 元々心理的抵抗があるところに、物理的にも更にやりづらくなった。これ以上急かすことはしない。いたいけな少女の身体をずっと自分の好きに動かして暴くのも、羞恥と屈辱を飲み込んで白旗を掲げるまでの表情を眺めるのもどちらも、エースにとってはごちそうだからだ。
 眉根を寄せて苦悶の表情を浮かべる少女の中が敏感に締めつける。もっと弱いところを狙って、痛めつけて刺激を重ねて、目を固くつむって、呻いたところで元のペースに戻してやる。ないとは思うが、快楽に身を溶かすようになるまでいじめ抜くのもいいかもしれない。
「…………ぃ、ッ」
「えっち」
「……えーす」
「だーめ、こんな時ばっか甘えんな」
 が息を吸おうと口を開けば、そのタイミングで強く陰核を押す。
「ッひ、っああ!」
「すっげ……、搾り取られてるみたい」
「ぁ、ずる、ずるいっ」
「なにがー?」
「やッ、やめてよぉ! やめてっ……、あぁ!!」
、ちゃんと目合わせて」
「さっ、き、なかったぁ!」
「そ? そりゃ残念だったね。ほぉら、おめめ開けましょうね〜」
「ッやだ、みるのやだ、みるのやだ! みちゃ、ッぁあ!!」
「別にお前が目つむってても、ずーっと見られてることには変わりないからね」
「ゔぅー……」
「はー、楽しい。こうやってずっと遊んどこうかな。今日で最後つったって、明日まで、まだ十分あるし、」
 観念したがうっすらと瞼を開く。四日前の記憶が甘く脳を突き刺して腹がずぐんと重くなる。それを律儀にもが拾って、涙に濡れた飴のような瞳がまた瞼に隠れていく。先程の言葉が効いたのか今度は比較的すぐに目を開く。トクトクと、一定のリズムで中を締めて。視線が交わると、感じていると伝わってくるのがくすぐったくて。思わず頬が緩む。
「言える?」
「き、もち、ぃ」
「目つぶった」
「あ、ゃ、あぁ」
 言葉を出すたび身体が震える。
 泣きたい。既に目は濡れているが泣いてしまいたい。今ここから逃げ去って、誰もいないところで、泣き喚いて。嫌だいやだと駄々をこねたい。
「気持ち……ぃ」
 気持ちと身体が剥離していく。
 声を出すたび心地よくて。
「き、もちい、きもちい」
「もうちょい開けて」
「ぁ、」
 突き上げられて、迫り上がる感覚は、ずっと気持ち悪さだけだったのに。
 ずっと、その感覚だけが、の心を守る、言い訳をくれていたのに。
「えー、っす、えーす、きもちいよぉ、」
「……」
「きもち、……ゆる、う、あッ」
「ん、」

 週が明けて、提出したレポートが返ってきた。
 教壇でクルーウェルからレポートを受け取ったグリムはパッと顔を明るくさせて席まで上がってくる。
「見ろ〜!! オレ様がちょっと本気を出せばこんなもんだゾ〜!!」
「すごいすごい」
「実感がこもってないんだゾ、もっとすごく聞こえるように言え」
「うーん……」
 そうは言っても顔に貼りついたグリムが視界を丸ごと覆っているので、は何も見ることができない。はグリムをやんわりと引き剥がし、レポートの端に添えられた評価票を見る。
「あ、ほんとにすごい」
「ふふん、余裕だったんだゾ」
「偉い偉い、帰ったら今日はツナ缶パーしようか」
「パー!!」
 一週間振りに心置きなくデレデレと甘やかすと、魅惑の響きに鼻を膨らませたグリムを横目に、左上のエースがわざとらしく溜息を吐く。
「あーぁ、チキンターキーもローストビーフもこれで終わりかー」
「ふなっ」
「パイとかゼリーとかシュークリームとか、必ずデザート出てきてすげーうまかったな〜、お前いつもあんな待遇受けてんの」
「ぶなぁ〜〜〜っ、オレ様そんな待遇受けてない!!」
「お前もクローバー先輩の菓子、毎日食ってたじゃないか」
「あっ、そういやお前らスペシャルランチも食ってたな!! ずるいずるいオレ様も食べる!! おい子分食堂に行け!!」
「まだ一時間目だよグリム」
「Be quiet! いつまで騒いでいる駄犬ども!!」
 クルーウェルが落とした雷に、それまで賑わっていた生徒達が蜘蛛の子を散らすように席に着く。棒のように固まって前を見る仔犬に、クルーウェルは鼻を鳴らして黒板の方を向く。
 やがて授業が始まって、しばらく経ったタイミングでグリムがにこそりと耳打ちする。
「今度はオレ様の言うこと聞くんだゾ」
「最後まで起きてられたらね」
「ツナパン食べたい」
「はいはい」
「昼はプリンもつけるんだゾ」
「分かった分かった」
 昼は三人と一匹でランチを食べて、放課後はグリムがトレイの菓子をたらふく詰めてからオンボロ寮に戻って、エースも自分の寮へと帰っていった。
 騒がしくてあっという間に時間が過ぎた。
 静かになった寝室で、はベッドに潜りこんで目をつむる。
 戻ってこれてよかった。今日は何も変なことが起こらなくてよかった。最後まで露呈しなくてよかった。
 久方振りの安堵に肩の力が抜けて、とろとろと訪れる睡魔に身を委ねてベッドに沈む。
 はそのまま静かに眠りに落ちた。
 シーツから漂う香りに、気付かない振りをして。